My Music Linernotes 大滝詠一『A LONG VACATION』配信記念インタヴュー(後編) 内藤哲也(ソニー・ミュージックスタジオ)

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“ロンバケ”20周年から大滝詠一と共に音作りに携わってきたソニー・ミュージックスタジオのマスタリング・エンジニア、内藤哲也。2013年に大滝が急逝した後はひとりで大滝作品に向き合ってきた内藤が大滝と過ごした時間を振り返りながら、3月21日より配信がスタートした『A LONG VACATION』の40周年盤のマスタリングについて、じっくりと語ってもらった。

(インタヴュー・文/小野島大 写真/古溪一道)

▼前編はこちら

https://story.mora-qualitas.com/story/477

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20周年盤の時も30周年盤の時も心残りがあった

──30周年リマスターですが(2011年)、10年ごとに新たにリマスターするのは暗黙の了解があったんでしょうか。

先ほども言いました通り作る時は(マスター音源の)流用って一度もないんで、30周年記念盤を出すなら、当然のように新たなマスターで、ということでやってましたね。前の流用でいいですよね、なんて1ミリも考えなかったですね。(リマスターは)やるもんだ、と思い込んでいたというか。

──10年たてば機材も進化するから、同じマスターであっても音は変わってきそうですね。新しい機材であれば音は良くなると考えていいんでしょうか。

うーん、“良くなる”とはスペックが上がることじゃないんです。どういう音がするか、なので。30周年の時は使ってる機材もガラッと変えましたけど、あくまでも大滝さんの理想とする音にどれだけ近づけるか、なので。

──30周年の時は1984年作成のアナログ・マスター(第二世代)を使用されたそうですね。

そうですね。20周年の時はラウドで行くというテーマがあったんですが──ラウドで行こう、と言葉に出していたわけじゃなく、結果的にそうなったんですが──30周年の時は極力ナチュラルで、化粧を施さないという方針がありました。

──もともと大滝さんは30周年リマスターについて“ラッカー盤を聴いてる時の雰囲気に似たものを感じる”と発言しています。

アナログの良さと言っても、なにか工夫を凝らさないと、そのままプリントしてもそうはならないので、なんらかの演出、補正が必要なんです。そういう意味では30周年版はADA-7000R(ルビジウム・クロック搭載の業務用AD/DAコンバータ)を使いアナログ信号をDSD信号に変換し、それをまたSBMダイレクトという方式でPCM信号に変換したものが良かったということですね。

──DSDはその時初めて使ったんですか?

いや、それ以前も使ったことはあるんですが、DSDだけの音だと満足できなかったようで、それをPCMに戻した感じがハマったみたいです。それをほとんどの機材を使って全部試すので、大変なんですけど(笑)

──オリジナルのアナログの良さも活かしつつ、今のメディアで一番良い音で聴くためにどうすればいいか、という化粧の仕方も考えつつ。

そうですね。今のメディアというか、ずっとCDしか考えてなかったですけど。

──やはりアナログの音をいかにCDで自然に再生するか、というテーマに戻るわけですね。

CDの音がもっと良くならないかな、というのはずっと考えていたと思います。ラッカー盤の音が理想ではあるんですが、あれはあれで思い出というか別ものと割り切っているところもありましたね。

──あ、ありましたか。

ありました。メディアとしては別ものだし。

──2011年の時点では、現在のようなアナログ盤再評価の流れもまだはっきりとはしていなかったし、CD主体で考えるのは普通かもしれませんね。

そうですね。

──30周年の時の大滝さんの言葉を見ると「もうこれ以上やることはない」と発言されてます。

(笑)。それぐらい徹底的にやったんで。マスターもとっかえひっかえして、いろんな機材を組み合わせて全部試したし。このマスターとこのコンバータの組み合わせるとどうだ、とかね。そんなことやってると半年以上かかってしまいますね。

──同じ時に“SACDは情報量が多すぎるので自分には必要ない”という意味のことも言ってますね。

って、言ってましたか。

──言ってますね。ということは、ハイレゾも必要ないということでしょうか。

とばかりも言えないんですよ。スペックの問題じゃないので。“音質感”が合ってるかどうかなんで。

──なるほど。大滝さんも、その時点でやれることはすべてやり尽くして、もうやることはない、ぐらいの勢いで語ってらしたわけですが……

はははっ(笑)!

──今回40周年リマスターをやることになりました。ご自身でやってらっしゃることとはいえ、相当にハードルが上がった状態で作業をされることになったわけですが、今回はどのようなテーマを設定されたんでしょうか。

20周年、30周年と僕も参加して、下敷きがあったから少しは楽なところもあったんですが、今回の一番の問題は、大滝さんがいないということですね(笑)。作業していて、これがいいんだか悪いんだか……。

──最終ジャッジする人がない。

それが作っていて一番不安なところでしたね。ただテーマということで言えば、20周年の時も30周年の時も心残りはあるので……。

──心残りとは?

20周年盤は、今聴くと無理やりレベルを突っ込んでいる部分もあるので。あと、当時の機材の関係で少しジャリジャリした感じになったなと。

──派手な感じの音になってますよね。

ええ。30周年盤の時は、逆に少し地味すぎちゃった(笑)。玄人受けするんだけど、パッと聴きは20周年盤のほうが選ばれちゃう。なのでCMとかで使われている音源は、CMプロデューサーの方が聴くと100%、20周年盤を選びますね。その辺がうまく融合できないかなと。ナイアガラ特有の、僕が思っているシルキーな感じで、もうちょっと明るくならないかなと。それが今回のテーマですね。というかそこしか思いつかなかったんですけど。

──さきほど“自分の曲が小さく聴こえるのがイヤだった”という大滝さんの言葉がありましたが、やはりラジオとかCMでガンガンかかるような派手さを求めていたわけですか。

それはありました。曲自体もロンバケはそれ以前に比べてかなり派手になってますからね。たぶんそういう転換はあったんだと思います。

──派手に作ったんだから、派手に聴こえてほしいと。

そうそう。それはあったと思います。

ハイレゾはハイレゾらしく聴こえてほしいと思い手がけた

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──今回のマスターはどこから持ってこられたんですか。

いくつかあるアナログ・マスターの中から、一番状態の良いものを使いました。第2世代ですけど、一番旬に近い時期にコピーされたものということですね。新しいマスターというわけじゃないですが、ほとんど使われる機会がなかったので、状態が非常に良かったんですね。

──なるほど。

それで今回はハイレゾも視野に入れることになりました。40周年は出せる全部のメディアで出そう、という話はもともとあったんです。ただ問題は、30周年盤と同じシステムでやると、44.1kHzしかできないんですよ、機材的に。2.8MHzのDSDからPCMに変換すると、44.1kHzしか生成されない。そういう縛りもあったので、今回はDSDを使わないでPCMオンリーで行こうと。それだけで言えば20周年盤に戻ったということですね。

──なるほど。そこからどんな工夫が?

その次は、アナログからPCMに変換するためのコンバータ選びです。ただ今やDAWの環境では、プロ用のADコンバータが非常に少なくなってるんですね。その中でいくつかの機種でデジタル変換して、ナイアガラのプロデューサーの方々に聴いていただいて、最終的に今の機種に決めてAD変換しました。

──大滝さんだったらこういう音が気に入るだろう、と考えつつ。

もちろん常に頭の片隅に常にありますよね。“怒ってるかなあ”とかぐらいまで考えながら(笑)

──大滝さんご本人としては、30周年盤でやりきった手応えはありつつも、次があればまたやりたい、ぐらいの感じはあったわけですか。

もしご存命だったら、20周年、30周年でやったのと同じプロセスをまたたどったと思います。だからご本人がいなくてもやりました。

──今回のプロジェクトはどれぐらい時間をかけたんですか。

ボックスに関してはアイテムが多かったので、夏ぐらいから始めて、結局半年ぐらいかかりましたかね。

──ハイレゾ用とCD用ではマスタリングは変えてるんですか。

いや、特に大きくは変えてないです。数値的な部分では変えてないんですが、ただ意識の面で、ハイレゾはハイレゾらしく聴こえてほしいと思いました。最後の塩のひとつまみじゃないですけど、96kHzでデジタル化するさいに、変えてるというほど変えてないけど、ちょっと変えてる……という言い方しかできないんですけど、レベルももう0.5dBぐらい下げてるんです。

──下げるとどうなるんですか?

少し“詰まった感”が薄くなるので、レベルは下がってもワイド感が少しでも出るかな、と。それがハイレゾっぽく聴こえて欲しいなと。

──私もCD音源とハイレゾの両方を聴かせていただいたんですが、正直私の自宅の再生環境では、微妙すぎて違いがよくわからなかったんですが、ハイレゾのほうがほんの少し奥行きとか広がりが出てきてるかな、という印象がありました。

はい、それぐらいの違いだと思います。その微妙な違いを楽しんでいただければいいなと。

44.1kHz/16bitにこだわってきた部分がちゃんと聴ける

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──今回はまたmora qualitusを始めとするストリーミング・サービスでも配信されます。ストリーミングに関してなにかお考えはありますか。

大滝さんがこだわっていた部分で言えば、44.1kHz/16bitというCDクオリティのスペックにはこだわっていたので、できれば同じスペックで聴けるmora qualitusで聴いて欲しいですね。

(内藤さん、mora qualitusで『A LONG VACATION』40周年リマスターを試聴)

──いかがでした?

これならいいのかな、という気がしました。

──合格点?

いや、僕がそんなエラそうに言うことはできませんけど(笑)

──でも今や日本で一番オリジナルの音をご存じの方ですし。

いやいや(笑)。でもこれなら楽しめますね。サウンドの良さがちゃんと伝わってくるし。44.1kHz/16bitにこだわってきた部分がちゃんと聴けるし。

──試聴の最中に、“これは面白い”とおっしゃってましたね。

残ってるんです。細かいことをやっていたニュアンスみたなものが。たとえば、「ウォール・オブ・サウンド」と言われるぐらいの音なんですけど、その“壁”にあるでこぼこ感みたいなものがちゃんと残っている。それが楽しいですね。オリジナルにあっても、圧縮した音源だとそういうところが消えてしまうので。でこぼこした質感みたいな感じが残っているのがいい。楽しめると思いました。

──大滝さんがご存命だったら、配信を利用してたでしょうか。

どうでしょうか。想像でしかないですけど,、このスペックで聴けるなら利用してたかもしれないですし、作品もどんどん出していたかもしれない。

──別に新しいものを拒絶していたわけではないですよね。

ではないですね。むしろ新しいものはとにかく試してましたね。それが自分の尺に合うかどうか、ですから。

──なるほど。こうなると次の50周年盤も期待されるところですがいかがですか?

いやあ、いまはもう出し尽くした状態なんで、次のことなんてとても考える余裕がないです(笑)

オケだけでワクワクできるかできないか

──それにしても40年も前の80年代初頭に出たアルバムが、度重なるリマスターを経て、いまなお聴き継がれ新しいリスナーも増やし続けている。その理由はなんだと思いますか。

なんでしょうねえ……一番の違いはナイアガラ・オケの魅力だと思います。さっき話した“オケ先”の作り方、非常に効率の悪い作り方かもしれないけど、(詞でもメロディでもなく)そのサウンド感が、多くの人を惹きつけているのかな、と思います。ほかの音楽とはまったく作り方が違うので、そこに異色感があるのかもしれないですね。

──メロディと違ってアレンジやサウンドってその時代ごとの色が出やすいところだと思うんです。流行に左右されやすい部分というか。でも大滝さんの音楽にはそういう意味での時代感が薄い気がします。それはどういうところから来るんでしょうか。たとえばほかのアーティストの作業をされていて、今は良くても10年後にはどうかな、と感じるものもあると思うんです。

ああ、色あせちゃうような。

──そういう音楽と大滝さんの違いってなんでしょう。

なんでしょう? それもやっぱり、オケだけでワクワクできるかできないか、じゃないでしょうか。カラオケを聴いただけでもワクワクできる。単に歌がないというだけじゃなく、オケだけで成立してる。それはオケ先という作り方からして違うから。カラオケで聴くと途端につまらなくなるものは廃れちゃうのかな、という気がします。

──昔のCDシングルにはカラオケ・ヴァージョンが入っているのが当たり前でしたけど、それを聴くとよくわかる。

いろんな発見があるのが面白いですかねえ。

──どこか謎な部分が残るような。

そうですねえ。

──大滝さんの頭の中に理想の音があった、という話ですが、頭の中にある限りは大滝さん本人しか結局はわからないし、ほかの人は想像するしかない。その想像力を広げる余白があったからこそ、古びることなく今も聴き継がれてるのかもしれません。

そうかもしれませんね。我々はそれを想像して作業してたんですが、結局正解はわからないですしね。

──今回の仕事、大滝さんは褒めてくれますかね?

ひょっとしたら呆れてるかもしれないな、という気がします(笑)。こんなに一杯(いろんなフォーマットで)作っちゃって、という。ほんとに作っちゃったんだ、みたいな(笑)

──お前もだいぶわかってきたじゃないか、みたいな。

いや~~~そういうことは言わないと思います、キャラクター的に(笑)

──(笑)なるほど。最後に、内藤さんにとって大滝詠一とはどんな人でしたか。

いや~~食えないオヤジ、という、一言で言うとそんな感じですかね(笑)。たいてい裏かいてくるんで。こっちがよかれと思っていろいろネタを用意しても、見透かしたかのように裏をかいてきます。

──あまのじゃくなところがある?

ありますね……って今即答しちゃいましたけど(笑)。食えないオヤジ。本人には言えないですけど(笑)

参考文献:

『デジタル・オーディオの全知識(増補改訂新版)』柿崎景二著(ステレオサウンド刊)『レコード・コレクターズ』2011年4月号ほか多数(ミュージック・マガジン刊)

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内藤哲也

ソニーミュージック信濃町スタジオからソニー・ミュージックスタジオへ。レコーディングエンジニアとしてキャリアを積んだ後、マスタリング・エンジニアとしてのキャリアもスタートさせ、現在はクラシックのホール録音や落語の収録などのレコーディングからマスタリングまでマルチに行う。20年以上のキャリアで培った、アナログレコーディングからデジタルマスタリングまでの豊富な知識と技術で、多くのアーティストやディレクターの信頼を得ているる。自身でレコーディングからマスタリングまで手がけた精華女子高校吹奏楽部の『熱血!ブラバン少女』(2014年)は、日本ゴールドディスク大賞クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤーに輝いた。

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A LONG VACATION
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大滝 詠一

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All About 大滝詠一
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kiyo_cha

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