My Music Linernotes 大滝詠一『A LONG VACATION』配信記念インタヴュー(前編) 内藤哲也(ソニー・ミュージックスタジオ)

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“ロンバケ”20周年から大滝詠一と共に音作りに携わってきたソニー・ミュージックスタジオのマスタリング・エンジニア、内藤哲也。2013年に大滝が急逝した後はひとりで大滝作品に向き合ってきた内藤が大滝と過ごした時間を振り返りながら、3月21日より配信がスタートした『A LONG VACATION』の40周年盤のマスタリングについて、じっくりと語ってもらった。

(インタヴュー・文/小野島大 写真/古溪一道)

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3台同じ機材を購入して聴き比べて選ぶ“トライアングル理論”

──内藤さんが大滝さんのプロジェクトに初めて参加されたのはいつごろでしょう。

30歳の時に「うれしい予感」(1995年、渡辺満里奈)でアシスタントとして参加したのが最初です。その時のエンジニアは吉田保さんでした。

──それまではまったく関わりがなかったんですか。

(大滝が)お休み期間だったので。ちょうどそのころに活動を再開されたんですね。

──それまで大滝さんはソニー社内ではどういう位置づけだったんでしょう。

伝説ですよね。(当時のソニーの)信濃町スタジオ、六本木スタジオのほぼ全員と言っていいぐらい多くの人が関わっていたセッションだったと聞いていました。

──ソニー内部でも大滝さんの存在は別格であったと。

こだわりも強かったし、やるぞと(大滝が)言ったらすぐ始められるような態勢とか、そういうのが作られてましたから。

──大滝さんのソニー移籍第1弾が『A LONG VACATION』(ロンバケ)(1981年発表)ですが、初めてお聴きになったのは?

中学か高校だったと思います。永井(博)さんのジャケットから連想されるようなリゾート・ミュージック的なものかと思って聴きました。面白いなとは思いましたけど、当時でも異色な感じはしましたよね、サウンド的には。

──80年代の頭というと、大滝さんの盟友・細野晴臣さんのYMOを始め、尖った音楽がいっぱい出てきた時期ですね。個人的にはどんな音楽をお聴きになっていたんですか。

ええと、プログレです(笑)。キング・クリムゾンとかEL&Pとか。洋楽ばっかり聴いてましたかね。

──ある意味、大滝さんの音楽とは対極にあるような。

そうですね。でもオーケストレーションみたいな感じで言えば、なんとなく似ているところはあるのかなと。

──音作りが凝っているという点で共通点があるような。

そうですね。

──実際にアシスタントとしてつかれた時の大滝さんの印象は。

80年代にロンバケを聴いて、後追いでナイアガラの昔のものに戻ったり、はっぴいえんどを聴くようになったんですけど、どっちかと言うと僕は細野さんの音楽のほうを面白いと思ってたんです(笑)。なので初めて大滝さんとお会いした時、ちょっと言っちゃったんですね。細野さんはよく聴いてました、みたいなことを。そうしたら後々まで“お前は細野派だからな”といじられました(笑)

──細野さんと仕事をされたことはあるんですか。

いや、直にはないですね。ピチカート・ファイヴの『couples』(1987年。チーフ・エンジニアは吉田保)に細野さんプロデュースの曲があるんですけど、その時六本木スタジオで僕はアシスタントのアシスタントみたいな、お茶くみ程度だったんですけど、“おお、生きてる細野晴臣だ”みたいな感じで見てましたけどね(笑)

──なるほど(笑)。大滝さんの仕事ぶりはどのように思われました。

やっぱりこだわりが強いですよね。カタマリって言っていいと思うんですけど、端から端までこだわるので。それこそ電池ひとつから。音のいい電池の研究で、電池を一杯買ってきて全部試したりとか。

──ケーブルに凝るどころじゃなく。

ケーブルはもとより電池まで、って感じですかね。

──そのこだわりが演奏から音質まで徹底している。

そうですね。演奏に関して言えば、一番大事にしているのはミスがどうとかじゃなく、空気感ですかね、僕の印象では。空気感が思ったように行くのかどうか。“グルーヴ感”と言ってもいいかもしれないですけど。

──それはマイクの立て方とか、そういうものに関係している?

それもあります。マイクも含め録音機材にも非常に……詳しい、というのとは違うな。うるさい、ので。いろいろ指定とか指示も多いですし。大滝さんは自分でエンジニアもやってましたしね。そういうディテールを決しておろそかにしない。

──ソニースタジオのテクニカル・エンジニアを勤められた柿崎景二さんの著書『デジタル・オーディオの全知識』所収の大滝さんと柿崎さんの対談を読んだ印象ですが、大滝さんは自分の理想とする音が確固としてあって、それを実現するための機材をずっと探していた、という感じもありますね。

それは確かにそうです。そのために電池から何から試すわけで。

──なるほど。アシスタントからメインのエンジニアになって、なにか印象は変わりましたか。

いや、変わらないですね。細かいおじさんだな、という(笑)。そういう意味では付き合うのは大変でした。この(内藤氏が作業する)スタジオにあるようなプロ用機器もすべて熟知されてるんで。僕よりも(情報が)早いぐらい。

──同じ機材を3個購入されるとか。

それもありますね!機材は3個買わないと良さはわからない、と。

──2台だけだと、そのふたつの優劣しかわからない、3台目があると、初めて客観的な判断ができる、という理由らしいですね。

ご自身は“トライアングル理論”と言ってました(笑)。亡くなられたあと、うちで預かっている機材もあるんですけど、新品で手に入るものは業者を呼んで3つ以上買う。ここで聴き比べして、じゃあこれを使おう、みたいな。

“もう少し寒く北国感を出して”と指示された「さらばシベリア鉄道」

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(ナイアガラから預かった機材)

──実際の演奏とか歌入れに時間がかかるというよりは、機材の選択も含めた音決めに時間がかかる?

そうですねえ。もちろんリテイクも数多くありますけど、ベーシックの録音は10数人集まって一気にやることが多かったですね。弦を入れたりコーラスを入れたりというダビングが残るぐらい。

──その10数人のミュージシャンの波があえば一発で決まる。

そうですね。詞先・曲先で言えば、ナイアガラに関しては「オケ先」なんで。オケを録ってからほかのものが決まっていく、みたいな形なんです。これにあうメロディを適当に仮歌でうたって、歌詞も含めて。それをさらに煮詰めていく。なのでメロディや歌詞が先にあるんじゃなく、あくまでもサウンド感が先にあるんだと思います。

──じゃあメロディが最後にできたりすることもあるわけですか。

だいたいメロディがあとになってますね。先にメロディありきっていうのは、僕が関わってる中ではなかったかもしれないです。オケを先に録ってそれにあわせてメロディを作るけど、こういうメロディで行きたいというこだわりもあるから、どうしてもオケと合わないと、オケから録り直すこともあるわけです。また一に戻る、みたいな。

──二度手間三度手間をかける。

そういうので時間がかかるんです(笑)

──そういう、頭の中にある理想の音像とか音質に近づけようとする努力が大滝さんの作業であると。

そうです、そうです。

──その大滝さんの「理想の音」は、一緒に作業しているエンジニアとしてわかるものなんですか。

いや、それがわかってたらもうちょっとラクだったと思います(笑)。だから僕らも探り探りですね。“きっとこうかな?”みたいな。

──けっこう抽象的な指示が多かったとか。

抽象的ですね。もちろん機械を知ってるので非常に具体的な指示もあるんですが、大詰めになってくるとどんどん抽象的になりますね。

──大詰めの段階の非常にデリケートな作業になると、数値では計りきれないニュアンスが大事ということでしょうか。

たとえばマスタリングしてて、「さらばシベリア鉄道」だと、“もう少し寒くならないとな”って。「北国感」が出ないとダメだっていう(笑)

──北国感を出すために具体的に何をやったんですか。

どうしたかなあ……その場その場で場当たり的にやってるんで。“こうかな? こうかな?”みたいな。寒いイメージだったら単純に、少し低音を減らそうかな、とか。そうすると“ちょっと違うなあ”って言われるんです。“そういうことじゃないんだ”みたいな。

──こうすればこうなる、というノウハウが全部自分の中に完璧にあれば自分ひとりで作業すればいいだけの話だけど、そこは最終的にプロの手に任せたい、という判断なんでしょうか。

ああ……そうですねえ……もちろんご自分でできることはやるんですけどね。たとえば歌入れとかはひとりでやるんですよ、エンジニアを立てないんです。我々はロビーに待機して、大滝さんひとりがブースにこもるんです。ひとりでロケーターを回して。なので僕らが作業するのはマイクを立てて、きっとこれぐらいのコンプレッサーだな、と推定してセッティングすること。あとで大滝さんが聴いて“ちょっとかかりすぎだな”とか。

──人払いするのは集中力を高めるため?

あまり見られたくないんでしょうね。何やってるかわからなかったですから。だいたい夜中に(スタジオに)入って朝になって出てくる。

──鶴の恩返し的な(笑)。歌入れはひとりで集中してやりたいという歌い手は多いみたいですね。

大滝さんの場合は特にそれが顕著でしたね。途中で電話が鳴らないように電話機のモジュラージャックを抜いたりとか。できる限りのことはやって、じゃあ行ってらっしゃい、みたいな(笑)

──なるほど。

こんなことを言うのもなんですが、シャイなおじさんなんですよ、基本は(笑)。そういうのもあるのかな、という気はします。

一番良かった音は、最初のアナログの時のラッカー盤

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──内藤さんがロンバケに関して最初に関わられたのは……

20周年記念のリマスター(2001年)からですね。

──資料を当たってみると、最初に出たCD(1982年10月発売)は、同じ型番で2回マスタリングをやり直してるんですね。最初のCDの音に大滝さんが不満があってやり直したとか。

はい、[35DH1]ですね。世界で初めて発売されたCDです。

──それ以来大滝さんは何度かロンバケのリマスターを繰り返しているわけですが、それはオリジナルのアナログの音が理想であって、それにCDの音をいかに近づけるか、という努力だった気がしました。

一部そういうところはありましたし、最初のころはそうだったと思います。30周年のリマスター(2011年)をやってる時だったかな。一番良かった音は、最初のアナログの時のラッカー盤、と大滝さんは言ってました。

──ラッカー盤ですか! (ラッカー盤=アルミニウムにニトロセルロースラッカーを塗布した盤。量産前の最終チェック用に使われる。ラッカー盤にカッティングマシンでマスター音源の音溝を切って、それを元に塩化ビニール盤のプレス用のスタンパーを作る。耐久性が極端に低く、一般的な再生用途には向かない)

もちろんラッカー盤なんで、経年変化するからすぐに聴けなくなっちゃうんですが、そのテストで切った時のラッカー盤の音が最高だった、と。

──マスター・テープの段階でも完成した音ではなかった、ということですか。

うーん、それがどういう意味だったのかはわからないんです。マスター・テープをなるべくスポイルせずトランスファーするのが良かったのか、そういう意味で“一番良かった”と言ってるのか、それはわからないんですけどね。

──でもそれこそ、そのラッカー盤の音は大滝さんの頭の中にしか存在しない……

そうなんですよ。それが良かったと言われても、もはや聴くことができないわけで。そういう意味では、大滝さんの理想の音は謎のままですね。

──じゃあ20周年のリマスターの際にお考えになったことは。

特に僕のほうからどうこう言うことはないです。大滝さんがどうしたいかという要望に極力応えるという形なので。具体的なテーマとしては、ちょうど当時“ラウド・ブーム”だったので、そっちに寄せようと。ラジオなどでほかの曲と聴き比べた時に遜色ないように、とにかくラウドになるように作ってみようと。

──自分の曲が小さく聴こえるのがイヤだったと。

そうですね。

──ダイナミック・レンジの広さよりも音圧の高さを重視したということですか。

いや、だからそのレンジ感は残しながら、よりラウドになるようになんとかしろ、という指示ですね。

──20周年の時はマスター音源がデジタルだったんですよね。

そうですね。要は元のアナログのマスター・テープがへたっていて、使える状態じゃなかった。なのでそんなにへたってなかった時期(1989年)にデジタルに起こしたものを使ったということですね。3/4のUマチックのデジタルから、DAC-2000(ソニーが開発した業務用DAコンバータ)でアナログに戻して、それをまたデジタルに戻してマキシマイズせさたりして完成させました。でもそれは結果的にそうなったということで、そのやり方に行き着くまでも結構時間がかかりました。

──それは大滝さんの理想のラッカー盤の音に近づくために必要な試行錯誤だったのか、さきほど言われた「レンジ感を活かしながらもラウドに」というテーマの実現に時間がかかったのか。

両方だと思いますね。どっちが、とは言えないと思います。それをずっと探し続けているので、ロンバケは全部マスターが違ったりするんです。以前の流用は一度もないですし、そのつどずっと探しているんだと思います。

機材に凝るといってもスペックにはあまりこだわっていなかった

──なるほど。結局20周年リマスターはどれぐらい時間がかかったんですか。

1年近く……半年以上はやってたと思いますね。

──大滝さん以外でひとつのリマスターにそんなに時間をかけることはあるんですか。

ひとつもないです(笑)

──それは機材選びの時間も含めて。

そうです。あとはマスター選び。最終的に行き着いたのは3/4でしたけど、それが最初からありきではなくて、いろんなものを聴いてみて、当時なかった機材もいろいろ試してみるわけです。アナログテープでそれを毎回やっていると、かなりの回数かけることになる。ほかのアーティストのアナログ・マスターと比べても。そうするとだんだんテープがヘタってくるし、ハイ(高域)も落ちいてくる。これだったら前にやった3/4のほうがいいかも、ということで3/4を選んだという。

──ロンバケのオリジナル・アナログ・マスターもそうですが、大滝さんは1/4インチ、38cm/secのスピード(通称サンパチ、シブイチ)という形式に終生こだわったと聞いています。

すべてではなくて、一部76cm/secもありますね。

──スペック的には1/2インチ、76スピードのほうが音がいいんじゃないかと素人考えでは思ってしまうんですが……

そのへんなんですよね。テープ・コンンプレッションはサンパチシブイチのほうがキレイにかかると思いますし、2トラックのサンパチシブイチのトラック幅って、2インチの16トラックと同じなんですよ。そういう意味でも太い音がするほうを選んだと思います。

──解像度よりも音の太さを選んだということですか。

そもそも(大滝のこだわりは)スペックではなかったので。機材に凝るといってもスペックにはあまりこだわっていなかった。好みの音がするかどうかで。そういう意味では44.1khzにこだわってたと思いますし、ハイ・サンプリングの方向にあまり行ってなかったのはそういう理由じゃないでしょうか。全部試してはいるんですよ。DSDでも96kHzでも、全部録ってみて試したんですけど、結果的に44.1kHzのデジタルが一番性に合っていたんじゃないか。それと同じように、38cmのシブイチだったと思います。

──20周年リマスターに関しては、その時点では大滝さんも満足されたわけですね。

だと思います。満足しなければ(作業が)終わらなかったと思うので。結構ギリギリまでやってた記憶がありますね。工場に納品するギリギリまで。

──一般にリマスターにそこまで手間はかけないというお話ですが、それを許すぐらいに、大滝さんのプロジェクトなら当然、という雰囲気があったんでしょうか。

あのう、みんないろいろ諦めてるところはありましたね(笑)。しょうがないな、という。それはウチの工場も含めて。テストで何度もカッティングしてもらってそれを送ってもらってまた……というのを繰り返したり。

──そういう、妥協しないという部分で大滝さんは際だっている。

際だってると思います。

──それは心が強いということでしょうか。

うーん……マニアック(笑)。一言で言えば(笑)

──遅れるといろんな人に迷惑かけるなあ、とか考えちゃうと、ほどほどのところで妥協すると思いますが……

考えない、んでしょうねえ(笑)。こだわりのカタマリですから。

──作業してる時のやりとりは、穏やかな感じなんですか。

穏やかですよ。ピリピリしてるのはむしろレコーディングの時なので。

──ああ、そうですか。

近寄りがたいのは大抵レコーディングの時ですね(笑)。マスタリングは追い立てられる感がまだ薄いですからね。レコーディングの時はほかのミュージシャンもいるし。

▼後編に続く

https://story.mora-qualitas.com/story/480

参考文献:

『デジタル・オーディオの全知識(増補改訂新版)』柿崎景二著(ステレオサウンド刊)『レコード・コレクターズ』2011年4月号ほか多数(ミュージック・マガジン刊)

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内藤哲也

ソニーミュージック信濃町スタジオからソニー・ミュージックスタジオへ。レコーディングエンジニアとしてキャリアを積んだ後、マスタリング・エンジニアとしてのキャリアもスタートさせ、現在はクラシックのホール録音や落語の収録などのレコーディングからマスタリングまでマルチに行う。20年以上のキャリアで培った、アナログレコーディングからデジタルマスタリングまでの豊富な知識と技術で、多くのアーティストやディレクターの信頼を得ているる。自身でレコーディングからマスタリングまで手がけた精華女子高校吹奏楽部の『熱血!ブラバン少女』(2014年)は、日本ゴールドディスク大賞クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤーに輝いた。

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A LONG VACATION
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大滝 詠一

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